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■勢いだけで書きあがった謎の文章
■某さんから引っ張られたネタに乗っかった ある意味パロディ
■なので某さんしか真意がわからないという不親切仕様

■それでも読んでやろう、というお方は追記からどうぞ
■苦情は受け付けます

■すみませんシリウス君と某君お借りしてます>各PLさん江





 うつら、うつら。
 現はどこだ、夢はどこだ。
 …そんな思いも巡らぬまま、目の前に現れたのは黒の痩躯。

「…××××」

 聞いたことのない声、聞いたことのない言葉、聞いたことのない響き――であっても、それはきっと私を呼ぶものなのであろうと目星が付いた。今にしたら随分と長い名前だけれども、決して親しみがないわけではない。
 ただ私は、黙っていることしかできなかった。
 彼の、恐らくは笑顔に、応える術がなかったのだ。

「××××、×××?」

 語尾を上げるのはきっと、今と同じ疑問を表すためのお約束。子供っぽくて無邪気で、それだけではなく長い長い時間の中でじっくりと深められていった言葉遣い。それはちゃんとわかる、胸の奥底にきぃんと小さな音を立てるのだ。
 しかし肝心の、返すべきものが見つからない。ことばはぐるぐると澱みの中を渦巻いて、まとまりと隊列を成さずにいる。からだは重く、指一本どころかうっすら開けた瞼を上げることも下ろすこともできない。だからもちろん、微笑を浮かべることも出来ない。微笑むことが何よりもの回答になるであろう、という思いは早い段階から、正直なところ名前を呼ばれた地点から気づいてはいたのだが、実践できぬと自覚したのはたった今のことであった。
 …まるで何か、見えない細い鎖が食い込むように、喉を締め付けるように、乾く、乾く、朧の国。

「××××…××、×××××××。×××…」

 それを悟ってか、彼は仕方ないなあ、という口調で、でも必死に声帯を震わせて、私に告げる。
 そしてそのまま、ゆっくりと右手が上がる。ばいばい、と左右に揺れる。彼の胸元のペンダントの赤い影も、ゆらゆら、と踊る。
 …待って、と言えたとしても、私はきっと言わなかったであろう。そもそもそんなわがままが、彼に対しては許されないであろうと了解していたのだ。だって私はもう既に、
彼のことを彼の思いを彼の――

「あ、起きた起きた。おはよー」
「…」

 ――彼のことを幾重にも裏切ったのだっけ、と途切れ途切れの記憶の中から呼び覚ましてみれば、そこはすっかり春の庭。
 身を寄せた館の片隅に、ささやかな植木の置き場をもらって、そこにいくつか種をまいて…一休み、と眼を閉じたらこれだ。まどろみはあっという間に私達の身体に侵入してくる、望んだ時も望まぬ時も。
 さて目の前にいたのは、装いを改めて春の仕様にした親友。芽吹き始めた草花を見つつ、赤いマフラーを穏やかな風になびかせている。

「…噂には聞いてたけど、本当に寝起き悪いんだね。というより、意識ちゃんとある?」

 眼の前をしゅっ、と彼の手が横切る。途端に意識せずとも炎の星霊が召喚され、うわっと情けない声が上がった。ひゅん、と視界の片隅で揺れる尻尾の炎を見つつ、熱に少しずつ溶けていく氷のように、認識をこちらにもってくる。
 …そういえば、彼と私の仲を随分と誤解されていたのだけれども、それはどうしてなのだろうか。最初はただの集配人とその客の関係であったのに、色々と意気投合して今や親友となったのは間違いのないことなのであるが…もしかしたら、もっと昔は、もっと深い何かで繋がっていたのかもしれないと思ったあたりでどうしてこういう思考になったのかを問い返した。

「…けほけほ。もう、配達に着ただけなのに…はいこれ、蒼星運送からお届けものです」
「…あら、それは…有り難うございます」

 まったく、女の子の人形みたいだなってくらい綺麗に寝てたのに、起きたら途端にこれだよ…と言わせる間もなく、星霊が牽制攻撃を仕掛けたので急いで片手で止めた。そのまま手のひらに乗るような大きさの小包を受け取り(今度はちゃんと、ことばも出たしからだも動いた)、受領印代わりの短い名前を記して代償とする。そのうちにちらりと出所を探るが…そこには見たこともない、名前。住所などそもそも書いていない。
 伝票を回収した若社長に対し、これはどういうことでしょうか、と問いかけてもしっかりした答えは出ないまま。というのも、気づいたら受付に置かれていたのである。配送に必要な金額も一緒に、どうやら危険なものでもないようだ。だったら、届けるしかないのではという意見の一致である。
 開けてみたら? もしかしたらそれで何かわかるかもしれない。好奇と不安が天秤の両端で微妙な均衡を保っている、そんな口ぶりで彼は言った。まあ、どうするかは任せるけどね。

「…」

 私は、そういうことで、茶色い紙の包装をべりっ、となるべく丁寧に剥がし始めた。
 相当器用な人物が梱包したと見える。それを不器用な人間が開封しようとするのは骨が折れ、時間もかかる作業であったが、自分で開けねばと思わせる何かがその包みには隠されていた。茶色の紙は一枚、二枚と増えていき、中身はどんどん小さくなるばかり。玉葱の皮むきをしているみたい、いつの間にか可食部がなくなってたりはしないだろうか。そうした杞憂を指先に込める。
 …と、からん、と軽い金属の音がした。

「あ」

 姿を現したのは、一本のペンダント。
 銀色の鎖と同じ素材でできたトップ、やや大きめのそこに描かれたのは深紅の蝶々の舞う図案。

「…」
「…」

 二人して、不思議な春の沈黙に、溺れていた。
 …私は私で、先ほどの出来事をゆっくりと反芻する。そうだこの懐かしいぬくもりは、冷たいはずの金属が陽光に照らされただけではなくほのかな熱を有している。まるでついさっきまで、誰かがこれを身につけていたかのように。
 ぼう、っとこれが何の暗示なのかを考える。どこの誰から送られてきたかはどうでもよくなった、むしろ心が覚えていた…というのも、なんだか現実味のないことで、誰に話してもわかってもらえるものではなさそうだけれども。

「…つけてみないの?」
「…え?」
「いや、だから…綺麗なペンダントだから、つけてみたらどう、って思って」
「…」

 でも、何をどうしても説明のできないことは、世の中にはあると思うのだ。
 このペンダントを私が身につける気分になれないのも、多分ひとつのそれなのだと思う。
 …ということで私は、役目を果たした包み紙をそっと置いて、その上にペンダントを横たえた。それから立ち上がってのびをして、作業に戻るべく種の入った袋を手にする。
 一方社長は置いてけぼりで、ペンダントと私を交互に見比べながら、何かまずいことでも言ったかな、と首をかしげていた。それについては気にしないでください、届けてくださって有り難う、と一言添えたので彼も詮索はしないでくれたのだが…会話が途切れた奇妙な間を、どうやって埋めようか悩んだ挙句、

「それは、何の種?」
「…ペチュニアですよ」

 そうですね、六月ごろには咲くでしょうか…黒いあの人に、似合いの花が。



【衝羽根蝶々】



 それに対して、でも彼は黒くないでしょ、と…そのことばに、少し反応の遅れた私がいたのは、秘密の話。






〔2011.3.16.〕
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